ケンドリック・ラマーのニュー・アルバム『ダム』が遂に4月14日にリリースされましたね。各種ストリーミング・サービスに同作がアップされたと同時に、オンラインはその話題で持ちきり。しかも、リリース直後の4月16日には、ヘッドライナーとして〈コーチェラ〉に出演。フューチャー、トラヴィス・スコット、スクールボーイ・Qなどの客演を迎え、セットの半数近くを最新作『ダム』で固めた挑戦的なステージに世界中が釘付けでした。例年、この週末は「〈コーチェラ〉の週末」となりますが、今年2017年は「ケンドリックの週末」だったと言っても大袈裟ではないでしょう。
2010年代のポップ音楽における事件の大半はオンライン上に発火点を持っていると言っても過言ではありません。ただ、そうした注目すべきトピックは新たなトピックにあっという間に押し流されがち。見過ごしてしまっているトピックはありませんか?
今回〈サイン・マガジン〉が選んだトピックは4件。流石にケンドリックの新作や〈コーチェラ〉の話題と被るのを避けたのか、音楽シーンはやや大人しめの一週間でしたが、それでも絶対に見逃せないトピックは幾つもありました。それぞれのトピックに対する編集部内での興奮と期待の度合いは5段階の★印で表示、その理由も添えてあります。では、早速チェックしておきましょう。
1)欧米からも日本からも決して生まれなかった「奇跡のロック・アルバム」。韓国ホンデ出身の4ピース、ヒョゴの1stアルバム『23』は『パブロ・ハニー』と『ザ・べンズ』のミッシング・リンクか?
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注目度:★★★★★
2017年にこんな真っ当なロックの興奮を感じさせるアルバムが生まれるなんて! スティーヴィー・ワンダーとキング・オブ・コンビニエンス、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ジム・ホールが共存する、ありそうでなかった真正のロック・アルバム。二枚のEP『20』『22』を経て、平均年齢23歳の韓国バンド、ヒョゴが満を持してリリースする1stフル・アルバム『23』をいち早く聴いた編集部一同、驚愕。「そうか、そろそろ『ザ・べンズ』から四半世紀ですか。時代が一巡したってことですかね?(小林)」「最後にロックが盛り上がったのがストロークス、ホワイト・ストライプス、ヴァインズ、ハイヴスの時代だから、2001年でしょ? もう一回ロックが来るのかな?(田中)」
遂にヒョゴが送り出す1stフル・アルバム『23』は、ここ数年でも指折りの「ロック・アルバム」。そう言って差し支えないでしょう。今や欧米でロックと言えば、マルーン5やトゥエンティ・ワン・パイロッツ、コールドプレイのような悪い意味でポップにひざまずいたバンドばかり。そんな中で、これほどストレートにロックの興奮を感じさせる作品は本当に久しぶりです。
ボサノヴァやジャズ、ソウルにも通じるメロウなフィーリングを宿しながら、ロック・バンド以外の何物でもない骨太で逞しいアンサンブル。一曲ごとにがらりと表情を変える振れ幅の広さと、それを支える音楽的な基礎体力とアイデアの豊富さ。初期レディオヘッドにも通じるオ・ヒョクの内省的なヴォーカルとリリック。そして、それらがすべて合わさった時のケミストリー。これを聴けば、世界中の誰もが舌を巻くに違いありません。
彼らのポテンシャルは、こちらのライヴ映像からも十分に伝わるでしょう。
HYUKOH / Big Bird / Comes & Goes / Hooka / A Splendid Barn
『23』の日本盤リリースは6月7日。現在、アルバムから“TOMBOY”、“Wanli”、“Leather Jacket”のティーザーが公開中です。さて、ロックの復権はあるのか否か?
2)フェイク・ニュースの時代に届けられた「真実」。カマシ・ワシントンの新曲“トゥルース”は2017年を象徴する一曲となるか?
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注目度:★★★★★
2015年の〈サイン・マガジン〉年間ベスト・アルバムでも第13位だった三枚組全17曲の壮大なデビュー・アルバム『ジ・エピック』を経て、〈ブレインフィーダー〉からThe xxやFKAツイッグスを擁する〈ヤング・タークス〉に電撃移籍。クラシックの手法――メロディが呼応しあい、ひとつの調和を奏でる対位法をモチーフにあるべき世界を描写する意欲作に着手。これまでもジャック・ホワイトやニック・ケイヴのMV、サムスンやアップルのCMなどを手掛けてきた気鋭の映像作家、A.G.ロハスが撮影したMVと共に配信されたカマシの新曲がすごいんです。「カマシてきたね。この曲マジすごくない?(田中)」「いや、その冗談もこの曲も僕にはちょっと眩しすぎます(小林)」
カマシ・ワシントンが今夏にリリース予定のEP『ハーモニー・オブ・ディファレンス』がとんでもないことになりそうです。先行公開された13分超の新曲“トゥルース”は、神々しい輝きに満ち溢れたサウンドで生命の美しさと力強さを表現したような大名曲。そのフィーリングを完璧に捉えてみせたMVも感動的です。
この曲に対する海外メディアのレヴューをチェックしてみましょう。まずは〈ピッチフォーク〉。アメリカで人種問題の緊張がもっとも高まった時にリリースされた『ジ・エピック』(2015年)は人々の怒りをなだめようとしていたと位置づけつつ、この“トゥルース”はフェイク・ニュースや化学兵器戦争、大統領の誤った行動などを背景とした時代に送り出された曲だと論評。
続いて〈ニューヨーク・タイムス〉。こちらは、今週(2017年4月10日~の週)トランプ政権が戦争ゲームへとギアを上げていったが、その前にカマシは既に反論を呈していた、と論じています。この曲は「大きな視野での音楽による反戦主義――恐ろしき時代における解放の神学」だと。これは両メディアともに説得力がある評ではないでしょうか。
カマシが言うには、新EPのテーマは対位法の哲学的可能性の追求。そして、彼は対位法を「類似性と差異のバランスを取る中で、異なるメロディの間でハーモニーを生み出す芸術だ」と定義しています。「異なるメロディを融合することで生まれる美しいハーモニーを聴いて、リスナーが我々人間一人ひとりの違いの中にある美しさに気づいてくれることを願ってるよ」との発言も。ここから何かしらの政治性や社会性を読み取るのは難しくないでしょう。やはり“トゥルース”は2017年を象徴する一曲になるかもしれません。
3)あえてケンドリック・ラマーと同日に新曲2曲発表! ゆるふわリル・ヨッティは2017年の台風の目?
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注目度:★★★★
昨年2016年、2枚のミックステープ(そのうちの一枚『リル・ボート』は2016年の〈サイン・マガジン〉年間ベスト・アルバム20位
)の後、意味なしフロウなし何を言っているのかわからないラップと、ラップの歴史を冒涜する発言で、一気に世界から注目を集めた19歳のラッパー、リル・ヨッティ。初のアルバム『ティーンエイジ・エモーションズ』完成の報から間髪入れず、2曲の新曲を発表。リル・ヨッティは2010年代ラップ・シーンにおける「98年の世代」なのか?「どういうこと?(小林)」「いや、〈日本語ラップ批評ナイト〉にも参加している詩人の佐藤雄一さんが、ゆるふわギャングのことを98年の世代を聴いていた人におすすめ、ってツイートしていたから、とりあえず言ってみました(田中)」「まあ、ロック的要素もあるし、前の世代との断絶っていう意味では共通項はなくはないですね(小林)」「でも、このままだと日本じゃ、ゆるふわギャングの方がリル・ヨッティより先に行っちゃいそうだけど(田中)」「超いいですからね、ゆるふわギャング(小林)」
リル・ヨッティの勢いが止まりません。2017年に入ってからのトピックを挙げるだけでも、〈ノーティカ〉のクリエイティヴ・ディレクターに就任、チャーリー・XCXに続きケイティ・ペリーやカーリー・レイ・ジェプセンなどポップ・アクトの曲の客演にも引っ張りだこ、そしてフィーチャリングで参加したカイルの“アイ・スパイ”は超ロング・ヒットを続けて遂に全米4位! と常に話題尽くしです。
ゆるふわなキャラとラップに「薄っぺらい」と批判の声も多いリル・ヨッティですが、一方でその人気とプロップスが上がり続けているのは明らか。好意的であれ批判的であれ、今やリル・ヨッティは誰もが目を離せない存在になったのは間違いありません。
そんなリル・ヨッティは、世界中が大騒ぎとなったケンドリック・ラマーのニュー・アルバム『ダム』のリリース日、同作のオープニング・トラック“ブラッド”を聴いて興奮しまくっている動画をTwitterにアップ(既に動画はBANされています)――したと思ったら、そのわずか30分後には新曲2曲をドロップ!
そのうちの一曲、ノリに乗っているミーゴスをフィーチャーした“ピーク・ア・ブー”は、ややミーゴスに寄せ気味のダークなトラップ・ソング。ちょっと意外ですね。LAのラジオ局〈パワー105.6〉で本人が語ったところによると、クラブで自分の曲がかからないのでクラブ向けの曲を作ってみたとのこと。なるほど。
もうひとつの新曲“ハーレー”は、彼らしい幼児退行的ゆるふわラップ曲。ちなみにリリックでは、女の子が自分のあそこに「乗る」のとハーレー・ダビッドソンに「乗る」のをかけている模様。相変わらずしょーもない!
Lil Yachty / Harley
普通なら世界中がケンドリックの話題で持ちきりになるタイミングでのリリースを避けるはずが、そんなのお構いなし。やっぱりリル・ヨッティ最高です。遂に完成したという1stフル・アルバム『デーンエイジ・エモーションズ』はまたいきなりリリースされ、世界中を騒がせるのでしょうか?
4)世界中がケンドリック・ラマーの新作『ダム』の徹底解剖に明け暮れた一週間。自らのヴォーカルをサンプリングされた英国サセックスの鬼っ子、ラット・ボーイも大喜び!
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注目度:★★★
もしかして二週連続2枚のアルバムを全米1位に放り込んだフューチャーのことも、三週連続全米第1位のドレイクのプレイリスト『モア・ライフ』のことも、もう忘れちゃいました? 突如リリースされたケンドリック新作が全ての話題を独占する中、〈ジーニアス〉では収録曲全曲のサンプリング・ソースを解明した動画がアップされました。「オンラインの解析班ってホントすごいよね!(田中)」「集合知ですよ、集合知(笑)。人間、誰も一人じゃ生きていけないんですから(小林)」
ケンドリックが新作『ダム』をドロップした直後から、世界中がこのアルバムの謎解きに明け暮れています。U2やリアーナといった超ビッグネームと並び、フィーチャリング・アーティストとして唯一参加したザカリって誰? それぞれの曲のプロデューサーは? その起用の意味は? ケンドリックは何についてラップしているの? 神というモチーフはどう扱われている? 〈コーチェラ〉でもフィーチャーされ、“DNA.”のMVにも登場するケンドリック扮するカンフー・ケニーって?――リリースから一週間経っても、まだまだわからないことばかりです。
とにかく全世界のメディア、ブロガーが必死。速報的に次々出てくる記事の中でも、『ダム』に影響を与えた10曲という〈スピン〉の記事はかなり参考になるものでした。
そして、このアルバムで誰もが気になっている「謎」のひとつが、どの曲で誰の曲をサンプリングしているのか? ということでしょう。でもそれは早くも解明されています。ニュースの音声も含めると計18個のサンプリング。それを〈ジーニアス〉が3分の動画にギュギュっとまとめてくれたので、早速ご覧ください。
これ、めちゃくちゃ便利でいいですね。リアーナをフィーチャーした“ロイヤリティ”ではジェイ・Z兄さんの曲を引用していたり、その“ロイヤリティ”ではブルーノ・マーズ“24K・マジック”がサンプリングされていたりと、「なるほど~」と思わせられる事実が次々とわかります。
本作のサンプリング・ネタは多岐に渡っていますが、もっとも意外性があったのは、東ロンドンの悪ガキ、ラット・ボーイ“ノック・ノック・ノック”のサンプリング。でもおそらく、一番驚いたのはラット・ボーイ本人のはず。「“ラスト”で俺の曲をサンプリングしたケンドリック・ラマー、最高だよ。DMでもくれよ。シックだな」「ケンドリックの新作に俺の曲が使われてる……すげえよ、俺のお気に入りのアーティストの一人、最高の賛辞だな、クソ(damn)」と興奮気味にツイートしていました。
ちなみに、サンプリングされたラット・ボーイの曲“ノック・ノック・ノック”は、2016年に公開したミックステープ『ネイバーフッド・ウォッチ』に収録。54秒あたりから始まる2曲目です。
思いもよらぬところから注目を浴びることになったラット・ボーイ。〈パーロフォン〉と契約を結んでから2年強、なかなかアルバムの噂を聞かない彼ですが、新曲の“レヴォリューション”も最高ですし、ケンドリックのバズが続いているうちにアルバム・リリースまで漕ぎつけてほしいところ。早くしてー!
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