SIGN OF THE DAY

商業的にも不発気味、批評的にも標準程度。
誰もが待ちわびたチャンス・ザ・ラッパー
初のアルバムを我々はどう受け止めよう?
by MASAAKI KOBAYASHI October 21, 2019
商業的にも不発気味、批評的にも標準程度。<br />
誰もが待ちわびたチャンス・ザ・ラッパー<br />
初のアルバムを我々はどう受け止めよう?

2019年の夏にもっとも期待されたリリースのひとつに挙げられるのが、チャンス・ザ・ラッパーの『ザ・ビッグ・デイ』だろう。なにしろ同作は、これまでミックステープのみでキャリアを積み上げてきたチャンスによる初の「アルバム」。作品のリリース/プロモーション手法から社会貢献活動に至るまで、その一挙手一投足に何かしらのスマートなアイデアを常に盛り込むことでプロップスを上げてきたチャンスだけに、このタイミングで敢えて「アルバム」と宣言したとなれば、今度はどんな目の覚めるようなアイデアを隠し持っているのか、とファンの期待が膨らんだのも当然だ。

だが蓋を開けてみると、その評価は賛否両論。〈ガーディアン〉は星4つと高評価だったが、これまで単独名義のミックステープにはベスト・ニュー・アルバムを与えて絶賛してきた〈ピッチフォーク〉は69点と厳しめで、〈ローリング・ストーン〉や〈NME〉は星3つと振るわない。商業的には自身最高のビルボード初登場2位を記録したものの、発売三週目でトップ20から陥落し、発売10週目現在は55位まで落ちている。決して期待に見合った大ヒットとは言えないだろう。それ以上にファンからのバックラッシュは大きく、とうとうチャンスは「みんな俺に自殺してほしいと思っているんじゃないかっていう狂った考えを持ってしまっているよ」とツイートしたほどだ(現在は削除済み)。

では一体、この「問題作」はどのように捉えればいいのか? 2019年3月に結婚式を挙げた妻に捧げた作品でもあるという本作を、〈サイン・マガジン〉の人気連載「<Ahhh Fresh!>ラップ/ヒップホップ定点観測」や新連載(第一回「見えざるヒップホップの壁」)でもお馴染みの小林雅明に考察してもらった。(小林祥晴)




結婚式を挙げたあとに聴きたい(ラップ)アルバム・ナンバーワン。チャンス・ザ・ラッパーのアルバム・デビュー作『ザ・ビッグ・デイ』については、ひとまず、こう呼んでおくしかないのでは?

いきなり何を言い出すのか、と思われるかもしれない。だが、今回のアルバムで見せた彼の言動のほうがもっと唐突だ。例えば、前作までの彼は、ミックステープという形態にこだわって作品を出し続け、“ミックステープ”という直接的なタイトルを持つ曲で、その理由についてもライムしていた。今回は、それまでのミックステープからアルバムへの完全「切り換え」なのだから、一大イベントとも言える。

Chance The Rapper / Mixtape feat. Young Thug & Lil Yachty


ところが、そういった見立ては間違っていることが曲を重ねるごとにはっきりしてゆく。

本作の冒頭も、前二作のミックステープの1曲目のイントロでおなじみの文句「And we back」で始まる。が「切り換え」は既に彼のなかでは完全に終わったイベントなのか、この曲では、ソニーとの契約オファーをしてくれたシルヴィア・ローンにシャウトアウトしている程度。それも、神のお導きで、別の大切なイベントの「日」が近づいている喜びのあまり、ついでに言ってしまっただけのようなのだ。そして、そういったお導きを示す曲でありながら、チャンス・ザ・ラッパー・ファンを喜ばせるほどにはゴスペル指数は高くない(歌はジョン・レジェンドでありながら)。

Chance The Rapper / All Day Long feat. John Legend


同じように、続く“ドゥ・ユー・リメンバー”(ビル・ウィザーズの“リーン・オン・ミー”をイメージしたかもしれない)もファンにはおなじみの夏の想い出がテーマであるけれど、例えば“サマー・フレンズ”に比べたら、一貫して明るく軽く、引っ掛かるような部分(良い意味での)はない。

Chance The Rapper / Do You Remember


この2曲目で登場させた彼の子供の母親に捧げる、コモドアーズ/ライオネル・リッチーで言うところの「永遠の人に捧げる歌(“オールェイズ・アンド・フォーエヴァー”)」が3曲目となる。

Chance The Rapper / Eternal feat. Smino


その3つ先の曲は、“アイ・ゴット・ユー(オールェイズ・アンド・フォーエヴァー)”と題され、彼の妻となる女性のかわりに、アリ・レノックスが歌ってくれているように聞こえ(互いの愛を確かめあってい)る。

Chance The Rapper / I Got You (Always and Forever)


もしそうなら、この曲のイントロで歌っているアン・ヴォーグは、実年齢から言っても彼と妻から見たらちょうど親世代に当たり、多くの年代の人たちからの祝福される二人の姿が浮かび上がる。そもそも、ここでのビートには80年代末のニュー・ジャック・スウィングを経由した痕跡がある。

さらに、すぐあとのスキットとそれに続く“ルー”では、俳優のジミー・ウィザースプーン、実弟のテイラー・べネットの声がそれぞれ聴こえ、いよいよ満を持して、アルバム表題曲にして、チャンス・ザ・ラッパーと彼の妻となるひとにとっては「大切な日(The Big Day)」が、9曲目に訪れる。

Chance The Rapper / The Big Day


というのが、このアルバムの一応の山場に至るまでの大きな流れとなる。製作陣は基本的に、前2作のミックステープと同じで特になにか変わったことをしてやろうというところはないのに、恐らくは楽器(勿論、特に軽視しているわけではない)やクワイア(含サンプル)の使用頻度や他ジャンルの音楽の積極的な摂取意欲が低いせいなのだろうか、過去作に比べたら、どこか軽く薄味に聞こえてしまう。

そんな流れのなか、耳に引っ掛かったのは、4曲目“ホット・シャワー”での彼のフロウだ。これは、昨年の“ワンプ・ワンプ”でのヴァリーのそれを強く思わせるという点では、同時代的だ。

Chance The Rapper / Hot Shower feat. MadeinTYO & DaBaby

Valee feat. Jeremih - Womp Womp


ただ、チャンスは、リリックのラインとラインの間を不自然なまでに詰めることで、かけあいラップをたった一人で演っているようにも聞こえる、ヴァリーの芸風までなぞってはいない。結果的に、やや間延びしたヴァリー風とも形容できるチャンスのフロウは、彼が生まれる以前のラッパーたちのそれに近い、古風なものに聞こえる。

このアルバムは、結婚式当日を迎え「もう正気では生きてゆけない」と口走ってしまうほど至福で興奮状態の表題曲でひとつの山を迎えたあと、それでも、まだ喜びを抑えきれぬため、彼の声はひっくり返っているのだと確信せざるを得ない10曲目から先は、次第に明るい未来を見据えた内容の曲が並んでゆく。

上に“ホット・シャワー”でのフロウが古風だと書いたが、タイトルから「いかにも」な“5・イヤー・プラン”では、彼の父親がよく聴いていたというランディ・ニューマン御大を直々にフィーチュアすることで、現在のチャンスが過去と未来を音楽家を通じてつないでもいる。

Chance The Rapper / 5 Year Plan


そして、このアルバムの音楽性がはっきりと多様化の傾向を見せるのは、スキットを挟んで、この曲の1つ前に入っている“バリン・フロッシン”からだ。

Chance the Rapper / Ballin Flossin feat. Shawn Mendes



アップリフティングなゴスペル・ハウスの意匠を借りようとしたこの曲でサンプルされているのは、ブランディの“アイ・ワナ・ビー・ダウン”。彼女の曲がヒットしたのは、チャンスが生まれて間もない1994年。アルバムも終わり近くになって、あらためて、「もう一人(シングル)じゃない」とのフレーズがやたらと繰り返される“ファウンド・ア・グッド・ワン(シングル・ノー・モア)”も、またアップリフティングかつ変則なハウス仕様だが、ここで3人がかりで、このフレーズを歌っているSWVもブランディと同時期に人気を博した女性グループ。チャンスが生まれて間もない頃から活動していたアーティスト(前述のアン・ヴォーグもここに含まれるだろう)からも「祝福」が相次いでいるのだ。そして、ラストは、現在を踏まえた未来という意識をしたアフロビート調の“ザニーズ・アンド・フールズ”で締め括っている。

Chance The Rapper / Zannies And Fools


「ザ・ビッグ・デイ」を迎え、結婚披露宴を開くというのなら、盛大に盛り上げたほうがよいに決まっている。そう考えると、ほぼ全曲で来賓というか客演者を招いているのはよくわかるし、彼の個人的な趣味からデス・キャブ・フォー・キューティーのベン・ギバード、(新作は作品的には前作ほど振るわなかったが)世の中的には今が旬のメーガン・ザ・スタリオン、さらにはショーン・メンデスをフィーチュアというわかりやすさだ。

そういった外部からの客演者の厚みが、トラックやサウンドの濃度と引き換えられてしまったような気がする。そんな宴ゆえ、それなりの時間は必要だろう。本作の作品収録時間は、ミックステープの録音メディアとして一時期愛用されていたCD-Rの収録限界時間にむしろ近かったりする。

ただ、そういった来賓者の数こそ多いものの、聴衆の記憶に残るようなヴァースを披露しているのは、アルバムの後半に2曲で登場するニッキー・ミナージくらいなものか。勿論、主役はチャンスと花嫁なのだから、来賓がやたらと盛り上げてしまっても困るが、肝心のチャンスの興奮状態こそ記録されているものの、リリックに、過去作品にあったような、好まれて引用されるような部分を含んでいるのは、5曲目の“ウィ・ゴー・ハイ”くらいしかないかもしれない。それよりも、直情的かつシンプルな言い回しこそが狙いだったのかもしれない。

Chance The Rapper / We Go High



こうして全曲を通して聴いたところで、あらためてチャンス・ザ・ラッパー作品基準でもゴスペル色が薄いと嘆く向きもあるかもしれない。が、このアルバムのなかでは、結婚式そのものについては一切触れていない(まるごと割愛されている)のだ。ここで聞かれるのは、結婚(式)を間近に控えた男性の気持ちと、式後の彼の決意なのだ。

そんなわけで、これはヒップホップ史において、かなり奇特な、そして、言い方を変えれば、相当エクスペリメンタルなアルバムだ。それゆえ、結婚経験の有無とは別の次元でも、多くのリスナーが反応に困っているのだろう。本作はどういうアルバムかと問われたら、やはり、結婚式を挙げたあとに聴きたい(ラップ)アルバム・ナンバーワン、としか言いようがないのである。


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