SIGN OF THE DAY

あなたはまだスフィアン・スティーヴンス
『キャリー&ローウェル』を聴いてはいない。
誰もが見過ごしがちな、本年度最重要作の
細部をすべて解きほぐす17の視点 part.1
by JUNNOSUKE AMAI April 20, 2015
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あなたはまだスフィアン・スティーヴンス<br />
『キャリー&ローウェル』を聴いてはいない。<br />
誰もが見過ごしがちな、本年度最重要作の<br />
細部をすべて解きほぐす17の視点 part.1

全世界で絶賛の嵐が吹き荒れるスフィアン・スティーヴンスのアルバム『キャリー&ローウェル』。しかし、一度さらりと聴いただけでは、おそらく拍子抜け。そんな人もいるに違いない。

そこで登場です。〈サイン・マガジン〉が誇る「インディ三賢者」こと、岡村詩野、天井潤之介、清水祐也の三氏。彼らにスフィアン・スティーヴンスに関する同じ質問を投げかけ、その回答を照らし合わせることで、スフィアンの魅力を多角的に炙り出す――というのが、この企画。スフィアンという作家の全体像を俯瞰するための「作家編」に続き、いよいよ、最新作『キャリー&ローウェル』にフォーカスした「作品編」へと進むことにしましょう。あっ、まだ作家編を読んでいないという人は、以下のリンクから飛んで、まずはそちらをご覧ください。

ゼロ年代USインディにおける最重要人物、
スフィアン・スティーヴンスの作家としての
横顔を炙り出す13の質問。part.1


ゼロ年代USインディにおける最重要人物、
スフィアン・スティーヴンスの作家としての
横顔を炙り出す13の質問。part.2


ゼロ年代USインディにおける最重要人物、
スフィアン・スティーヴンスの作家としての
横顔を炙り出す13の質問。part.3


さて、準備は出来ましたか? では、本企画の後編となる「作品編」。最初は天井潤之介氏の回答からどうぞ!




1. 北米の〈ピッチフォーク〉がこの2015年、スフィアン・スティーヴンスのアルバム『キャリー&ローウェル』とケンドリック・ラマーのアルバム『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』それぞれに対し、どちらにも9.3点という超高得点をつけたことに対して、そのレヴューの内容含め、あなたの所感を教えて下さい。

各界きっての両ストーリーテラーが、いわば独白調と対話的/群像劇的と“語り”のスタイルやシチュエーションこそ違えど、その“言葉”を個別の事案や政治的な文脈(が色濃く投影されながらも、それ)を超えたところへといかに届かせて、普遍的な関心や他者一人ひとりのささやかな気づきまでも喚起させうる “物語”を描き出すことができるのか。本人たちの思惑はさて置き、結果としてそうした試みに触れる意図を汲み取れるところに、両作品の評価のポイントは置かれているのでは。点数はともかく(書き手が違うし)。



2. あなたなら、あなた自身のCD棚に並べたこのアルバムの両側に、誰の、どのアルバムを並べますか? その理由と共にお答え下さい。

レノックスが実父の死を受けて制作したパンダ・ベア『ヤング・プレイヤー』。ヘガティに表現者として生きる生(“聖なる幼児”)を授けた“お母さん”、舞踏家の大野一雄に捧げられたアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ『ザ・クライング・ライト』。本作と同様、レクイエムであり賛美歌/讃歌でもあるような深い内省と静かな高揚感をたたえていて、いずれも美しいシンガー・ソングライター・アルバム。

Panda Bear / Untitled 2

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Antony and the Johnsons / Her eyes are underneath the ground

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3. あなたが『キャリー&ローウェル』を聴いた時の第一印象を教えて下さい。そして、何回か聴くことで、最初には気付かなかった発見があれば、それについても教えて下さい。

前の『ジ・エイジ・オブ・アッズ』が装飾的でパラノイアックな趣のアルバムだったので、それと比べると簡素でインティメートな趣のアルバム、というのが最初に聴いた印象。自身が病気を患い、ゆえに身体的な高揚感や音の直接性へと大きく振れた前作。対して、実母の死に直面し、内省的な思索や言葉を通じた逡巡へと揺り戻した『キャリー&ローウェル』。ただ、スティーヴンスが扱うテーマや、その動機の深い次元において両作品は地続きであり、むしろ密接に隣り合う関係にある、というのが本作の背景を深く知り、何度か聴き返したあとの実感。それは、“再発見”と言った方が正しいかも。



4. このアルバムにおけるハイ・ポイント――あなた自身が何度も聴き返したくなる、もっとも感動的な瞬間は、どの曲の、どの辺り、実際には何が起こっている部分でしょうか? その理由と合わせて、お答え下さい。

“ジ・オンリー・シング”の中盤あたり。ウクレレのアルペジオがオルガンやエレクトロニクスを交えた柔らかなオーケストレーションに包まれ、ヴォーカルを重ねたスティーヴンスの歌もぐっと輪郭を増していく。母への思慕の念と自死の誘惑との間で揺れ動いていたスティーヴンスが、「あなたの哀しみから/あなたを救ってあげたい/ただひとつの理由で/それでもぼくは続けている」と力強く、少しだけ息を吹き返す瞬間。

Sufjan Stevens / The Only Thing

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5. 私ならこの作品をシンガー・ソングライター・アルバムとは呼びません。非常にカテゴライズが難しい。その理由はこの作品が歌とアコースティック楽器を中心に組み立てられているかに見えて、実際はエレクトロニクスの使用を含め、とてもエクレクティックであり、同時に、最小限の音しか使っていないミニマルスティックなものだからです。あなたがレコード屋さんのバイヤーだとして、このアルバムをどのようなカテゴリーで紹介しますか?

自分なら、これこそがシンガー・ソングライター・アルバムである、と言いたい。音や演奏のスタイルがどうあれ、ここには、ひとりのシンガー・ソングライターによって尽くされた歌と言葉の集積がある。その事実に議論の余地はない、と思うので。逆に、『キャリー&ローウェル』以上か同程度にシンガー・ソングライター・アルバムと呼ぶにふさわしい作品が、この数年の間でどれほどあったのか。自分には即座に思いつかない。



6. もしあなたがレコード屋さん店頭の本作のポップ文章を見て、思わず憤慨してまうような、だが非常にありがちな、ステレオタイプの文章を思い浮かべて、出来るだけ普段あなたが感じているような殺意と怒りを抑えて、それに相当するような文章をここに記して下さい。

面白い質問ですが、自分は楽しめる気がしないので、パスさせてください。



7. この『キャリー&ローウェル』という作品の、和声、リズムにおいて、もっとも傑出しているポイントは何だと思いますか?

限られた旋律楽器による一体感のある響き。生音と電子音が織りなす自然と流れるようなハーモニー。いわゆる打楽器が使われる場面は圧倒的に少ないながらも、鍵盤や弦楽器のリフが巧みに重ねられることで楽曲に瑞々しい律動がもたらされている。



8. この『キャリー&ローウェル』という作品の、録音、及び、プロダクションにおいて、もっとも傑出しているポイントは何だと思いますか?

生音の響きを生かした空間的な音響処理。倍音を含んだスティーヴンスの歌声の、微かな揺らぎまでもが見事に捉えられている。



9. スフィアン・スティーヴンス作品のプロダクションは、もっと大編成の交響楽編成を持ったものから、シンプルな弾き語り作品まで、多岐に渡っています。しかし、本作がこのようにミニマルスティックな音構成になった理由についてのあなたの解釈を教えて下さい。

歌声と歌詞にリスナーの注意を最大限に引きつけるため。ただし、ミニマル/ミニマム(最低限)とはいえ「シンプルな弾き語り作品」と言えた『セヴン・スワンズ』と異なるのは、その目的を遂げるためにはこの演奏と編成がオプティマム(最適、最善)であると考えたからではないだろうか。



10. この作品は言葉の意味を重要視した作品だと思いますか? だとすれば、この作品において、言葉は主にどのような役割を担わされているのか、教えて下さい。

スティーヴンスの作品において、言葉の意味――歌詞やストーリーテリングが重要視されなかった作品はない(『エンジョイ・ユア・ラビット』のようなインストゥルメンタル作品はまあ例外として)。その上で、『キャリー&ローウェル』の言葉は、スティーヴンスにとって、かつて実母(と実父か義父)と共に過ごした記憶を顧み、あるいは、離れ離れに過ごした時間に思いを馳せるための“想像力”を手繰り寄せる役割を担っている。



11. 本作がスフィアン・スティーヴンスの自身の両親の名前を冠した理由について、あなたなりの解釈を教えて下さい。

本作には、アルバムのタイトルと同じ“キャリー&ローウェル”という曲が収録されている。その曲では多分、義父のローウェル(「ぼく」)の視点から実母のキャリーとのことが歌われている。アルバムのタイトルを「キャリー」ではなく「キャリー&ローウェル」としたのは、スティーヴンス自身の実母に対する想いは勿論、それ以上に誰よりもローウェルに、キャリーと共に過ごした日々の記憶をいつまでも心に留めておいてもらいたかったから、なのでは。自分が傍にいなかった間、実母を支えてくれたことへの感謝も込めて(そのことを、本作を通じて実父や継母にも伝えたかったのかも)。



12. この作品が作家自身の両親との関係をモチーフにしたことが作品にもたらした影響、あるいは、その結果、この作品がリスナーに与えるだろう効果についても教えて下さい。

スティーヴンス作品の大きな魅力である、虚実の皮膜を突いたストーリーテリングの大胆さ。が、宗教的なモチーフとしてではなく、直接的で生々しい実感としての“人の生き死に”を前にした本作において、スティーヴンスの想像力はもしかしたら今まで味わったことのない窮屈さを覚え、その歌に乗せる感情のコントロールや言葉の選び方に対しても注意深く慎重な態度を迫られたのではないだろうか。赤裸々な告白が綴られているが、しかし、あくまで“(物語の)語り”としての姿勢に徹しようとする姿勢が窺える筆致の描写は、リスナーを一方的な感情に押し流すのではなく、スティーヴンスがしたためた言葉の行間へと関心を促すように想像力を喚起させる効果をもたらしているように思う。



13. 本作品のすべてリリックのうち、あなたがもっとも感銘を受けた1ライン、もしくは、もっとも重要だと感じる1ラインをその理由と共に教えて下さい。

“ユージーン”の「歌をうたっていったいなんになる/その歌にあなたの声がけして届かないなら?」。オレゴンでの夏の記憶が描かれた前半部とは対照的に、ゆっくりと死の影が差していく後半部の、その最後に歌われる一節。この深い無力感と向き合うところから、本作の歌は生まれていったことを想像させる。

Sufjan Stevens / Eugene

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14. 元来、作品というのは、作家の何かしらの主張や思想を運ぶためのヴィークルではない。誰もが取り立てて意識することのなかった疑問や問題意識を浮かび上がらせ、その答えをリスナーと共にシェアしようとする触媒です。特にスフィアン・スティーヴンスという作家はそうした傾向が強い、と私は考えます。だとすれば、このアルバム『キャリー&ローウェル』は、どのような問題意識、どのような疑問をリスナーに投げ掛けようとしている作品だと言えますか?

個人や社会に何か動かし難い出来事が訪れた時、その衝撃を“想像力”に取り込むことである種の処方箋の役割を果たしてきた音楽や芸術の側面を考えた場合、そうしたアーティストの試みや営みは果たして今も変わらず、どこまで有効なのか。という改めての問い直し。



15. これからの2年間にあなたは何回このアルバムを聴くと思いますか? どんな機器を使い、どんなシチュエーションにおいて、あなたはこの作品を聴くのか? そして、あなた自身にどんな変化をもたらすだろうか、についても教えて下さい。

自分はふだん、音楽は移動中にしか聴きません。なので、このアルバムも当面は、電車やバスの中でとか、街を歩いているときにしか聴かないと思います。壊れないかぎり、今使っているiPod nanoで。ただ、自分の場合、一度仕事で関わってしまった作品は再び聴くのが億劫になる傾向があるので、少なくとも今年の間は何回も聴くことはないかと。それでも“このアルバム”を何回も聴き返したくなってしまうという状況は、よっぽどの何かが自分に訪れた場合であり、それはどうにも好ましいことのように思えません。



16. あなたが自身の死の間際に、この作品をあなたの幼い孫にプレゼントするとして、あなたなら、どんなメッセージを添えますか?

「これから先、もしも大切な誰かがいなくなってしまった時は、このアルバムを聴いてごらん。それでもし、大切な誰かができた時には、その人にこのアルバムをプレゼントしてごらん」(できれば何も言わずに渡したい。)



17. この作品が初のスフィアン・スティーヴンスだったリスナーに向けて、これまでのスフィアン・スティーヴンスのディスコグラフィの中で、あなたのレコメンド・アルバムを1枚、レコメンド・トラックを1曲、その理由と共に教えて下さい。

前作の『ジ・エイジ・オブ・アッズ』。三問目の答えとも繋がるが、両作品は、生/死を巡る実感と考察を創作の動機として共有しながら、その想像力/創造力の表出の仕方において対照的であり、音楽家としてのスティーヴンスの“両端”を堪能できるコインの裏表の関係にあると言えるから。『ジ・エイジ・オブ・アッズ』は、いわばスティーヴンスの非シンガー・ソングライター的趣向がマキシマルなスタイルで表現されたアルバム(逆にミニマルなスタイルで表現されたのが『エンジョイ・ユア・ラビット』か)。とくにこの一曲、というレコメンドは難しいが、タイトルからしてさもありなんな“トゥー・マッチ”をぜひ。

Sufjan Stevens / Too Much

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